基礎講座|滅菌・殺菌 12-1. 塩素殺菌とは?殺菌(消毒)と滅菌の違い
一般に細菌、ウイルスなどの病原菌などを殺して無害化することを「殺菌」といいます。水道法では「殺菌」の意味で「消毒」という言葉を用いています。いずれにしても細菌を完全に殺すことを意味している訳ではありません。水道法でも健康に関する項目の中で、一般細菌が「1mLの検水で形成される集落数が100以下であること」と規定しており、細菌数0を要求していません。
これに対して「滅菌」とは、病院で手術などに使う器具を高温の水蒸気などでまったく生菌のない状態にすることをいいます。
塩素による殺菌
塩素の殺菌能力
塩素分子(Cl2)を水に加えて反応させると、次亜塩素酸(HOCl)と次亜塩素酸イオン(OCl-)という殺菌作用を持つ物質が生成します。この次亜塩素酸と次亜塩素酸イオンを有効遊離塩素と呼んでいますが、各々の存在割合はpH(水素イオン濃度)の値に依存します(図1)。殺菌効果においては次亜塩素酸の方が遥かに大きいので、図1から殺菌効果は酸性側(pH値が小さい方)で大きいことがわかります。このように殺菌能力はpH値に依存します。
pH値の低下に注意
次亜塩素酸分子(HOCl)にさらに塩酸を加えてpHを強酸性領域にすると、HOClの一部は溶存塩素(Cl2)に変化し、未溶解分子は気相中に飛散します。これが塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウムを主成分とするアルカリ水溶液)と酸性洗剤とを混ぜてはいけない理由です。両者を混ぜるとpH値が低下し、猛毒の塩素ガスが発生します。
塩素殺菌をやめると?
塩素=トリハロメタン=発ガン性。このようなイメージがすっかり定着してしまったようです。これに加えてカルキ臭などの問題で、塩素は完全に邪魔者扱いされています。しかし、塩素殺菌をやめると、伝染病が蔓延し、食中毒が至るところで発生することは明らかです。
浄水場の飲料水製造プロセスで、マイクロメートル(µm:10-6m)程度の大きさの細菌のほとんどが、またナノメートル(nm:10-9m)レベルのウイルスでもかなりの部分が除去されます。しかし多少は除去されずに残り、水道管などを通過するうちに再汚染され、増殖することは避けられません。そこで何らかの方法で殺菌(消毒)しないと食中毒や伝染病が蔓延することになります。殺菌の方法には多くの方法がありますが、効果が持続し、しかも低コストなのが塩素注入法です。
きわめて重要な「効果の持続性」
塩素は殺菌効果が高く、しかもその効果が持続(残留)するというメリットがあるため、殺菌剤として最も多く使用されています。この「効果が持続する」という性質がきわめて重要です。持続性がなければ、浄水場で殺菌したものの、配水管を通る間に殺菌力を失ってしまいます。その結果、家庭の水道の蛇口から出る水は、再汚染され病原菌の繁殖した危険極まりないものになってしまいます。
とは言うもののトリハロメタンの問題は、濃度自体は希薄とはいえ、長期にわたる摂取による悪影響が心配されます。そこで、塩素の使用量を最小限にすることが重要になってきます。
塩素消毒の危険性
塩素による殺菌は残留効果と低コストという利点を合わせ持っています。しかし反面、致命的な欠点があることが明らかになりました。塩素を微量の有機物を含む水に注入すると、クロロホルムをはじめとする「トリハロメタン」という物質が発生するというのです。また、この物質が発ガン性や変異原性を持つことが判明しました。こうして塩素殺菌の危険性がクローズアップされ、各方面から警告が発せられるに至ったのです。
1972年、ロッテルダム水道のルーク博士は、ライン川の水に「トリハロメタン」が存在していることを発見しました。更に1974年に米国ミシシッピー川下流のニューオリンズ市において泌尿器および消化器系のガンによる死亡率の高いことが判明。その原因が水道水中の発ガン性物質にあるとの指摘がなされました。そして同年、飲料水の殺菌に使用されている「塩素」と水中の有機物質とが反応して生成する「トリハロメタン」を含む82種類もの有機物が、同市の水道水中から検出されたのです。その後の調査によってこれらの有機物の多くが、発ガン性や変異原性(遺伝子に損傷を与え、突然変異を引き起こす性質)を持つことが動物実験で明らかになりました。
わが国においては、1978年に、水道水中の発ガン物質の存在が毎日新聞によって初めて報道されました。当然、わが国においても大問題となり、警告を発する人が現れました。
トリハロメタンとは?
一般に、河川や湖沼は嫌気性あるいは好気性微生物の働きによる自浄作用を持っており、水中に混入した汚染物質は無害なレベルにまで分解・除去されます。
しかし汚染物質が有機物である場合、それが分解する際にフミン質やフルボ質といわれる安定な生物難分解性(水中の微生物によって分解されにくい)の成分が生じます。これらの物質が塩素と反応すると微量汚染物質が発生するのです。これがクロロホルムを中心とする「トリハロメタン」と呼ばれるものです(図2)。
前述のように、トリハロメタンは発ガン性や変異原性をもつ有害物質として知られています。
水道水中に含まれているのはトリハロメタンだけ?
水道水といえばトリハロメタン、と連想する人が多いようです。しかし、水道水中に含まれる汚染物質はトリハロメタンだけではありません。半導体工場などで使用されている有機塩素化合物(トリクロエチレン、テトラクロロエチレン、1,1,1-トリクロロエタン)をはじめ、四塩化炭素、最強の発ガン性物質といわれるMX(3-クロロ-4-ジクロロメチル-5-ヒドロキシ-2(5H)-フラノン)、農薬、ポストハーベスト(収穫後に保存のために散布する農薬)、アミン類、アスベストなどです。これらの物質は、発ガン性や変異原性を有していることが明らかになっています。
有機塩素化合物に至っては地下数百メートルもの深井戸からも検出されています。一般に、地上の水が地下水脈にまでたどり着くのに60年~100年かかるといわれています。その間に地中の粘土層や岩石層によって汚染物質が濾過され、しかも適度なミネラル分を含んだ「安全でおいしくしかも健康に良い水」に生まれ変わるのです。ところがトリクロロエチレンなどの有機塩素化合物は、地表面にこぼれるとごく短期間で地下水脈に到達してしまいます。悪いことに地下水脈は地中であらゆる場所とつながっており、あっという間に汚染が広がってしまうのです。「うちの井戸は深井戸だから安全」と言うのは、もはや幻想に過ぎないようです。
- 参考文献
- 「新・食品殺菌光学」(光淋)
- 「オゾン利用の新技術“食品微生物のオゾン殺菌”」(三琇書房)
- 「J.Food Prot.」
- 「次亜塩素酸の科学-基礎と応用-」(米田出版)